等しくなくていい

 渡海紀三朗文部科学相は26日、初閣議後の記者会見で、政府の教育再生会議が導入を検討している教育バウチャー(利用券)制度について「いらないと思う」と述べた。

 渡海文科相は「子供たちが等しく義務教育を受ける機会が与えられるのかどうか、地域的な問題が解けないという思いがある」と話した。

 「全面的に否定するわけではない」としながらも「そうした問題がクリアされないと、面白そうだとか、活力が出そうだという考え方だけではどうかと思う」と述べた。

SankeiWEBより
http://www.sankei.co.jp/kyouiku/gakko/070926/gkk070926001.htm


ここで私が問題にしようとしてるのはバウチャー制度ではありません。
「子供たちが等しく義務教育を受ける機会が与えられるのかどうか」の“等しく”の部分。おそらく何の問題意識もなく当然であるかに語ったであろうこの“等しく”の部分。


私が言いたいのは、別に等しくなくったっていいでしょってこと。
等しくなくてはならないなら全ての小中学校のレベルを同時に同レベルにまで引き上げなければなりません。無理です。
また等しくというのであれば、他に比べて良い小中学校は他の小中学校に合わせてレベルを落とさなければならなくもなります。馬鹿げてます。
出来るところから上げて行けばいいんです。というかそれでなくては全体のレベルは上げられません。全ての小中学校のレベルを同時に引き上げるのは無理なんですから。


“等しく”なんて考えてるからいつまで経っても改善出来ないのです。出来るところからやればいいんです。そして出来ないところは別の違った対策を施せばいいんです。
バウチャー制で総スカン食らって落ちぶれた学校が出ればそこには特別のテコ入れをすればいいんです。選ばれる良い学校はそのまま学校に任せて、落ちぶれた学校に特に注力して立て直せばいいんです。立て直すのに時間が掛かりますから立て直せるまではレベルの差が出るでしょうが、低いところを特別に力を入れて引き上げれば最終的には差は縮まります。全体のレベルが上がってどの子も及第点レベルの学校に行けるようになります。
「子供たちが等しく義務教育を受ける機会が与えられるのかどうか」なんて考えてる限りどんな対策も取れません。“等しく”を望まないで下さい。要求しないで下さい。この考えを変えないとどうにもなりません。何も出来ません。




教育の問題はこういった特別意識しないようなところがネックになってるのです。
当然のように考えてる基本的なところの考え違いがネックになってるのです。
基本的過ぎて考えることすらしない部分の間違いがネックになってるのです。
地味ですが重要です。


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