「新無効論」という名の有効論

ここ数日“新無効論”を巡って以下のところでバトルしてました。


KAZUHIRO.SWIM
日本国憲法・新無効論のエッセンス」
http://kazuhiro-swim.com/Entry/75/


Empire of the Sun太陽の帝国
講和条約・帝国憲法日本国憲法の再検討」
http://empire.cocolog-nifty.com/sun/2007/11/post_559e.html


Empire of the Sun太陽の帝国
「2重に無効な日本国憲法
http://empire.cocolog-nifty.com/sun/2007/11/post_1efd.html


コメント欄参照下さい。


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「新無効論」とは現在の憲法を無効にしようとする案の一つです。従来の憲法無効論とは違う理論ということで「新無効論」となってます。が、新無効論では現憲法は無効にはなりません。
憲法ではなくなります。しかし憲法でなくす代わりに講和条約だとしてしまうのです。憲法だろうと講和条約だろうと守らなければならない決まりとしては一緒です。守らなければならない決まりとして有効です。私達は現憲法憲法でなくなった後も、現憲法の条文に従い続けなければならないわけです。現憲法の条文を気にしつつ行政を行っていけなければならないわけです。これで憲法でなくなったからといって何だというのでしょ。馬鹿げてます。


まずは元になった記事に逐次コメント入れていきます。

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第19127号 國民新聞 平成19年9月25日(火曜日)

大日本帝国憲法」現存証明

弁護士・憲法学会会員 南出 喜久治

大日本帝国憲法(以下「帝國憲法」といふ)は現在もなほ効力を有してゐる最高規範たる憲法である。

その理由はかうである。昭和二十七年四月二十八日に発効したサンフランシスコ講和条約(以下「講和条約」といふ)は、第一条において、講和条約が発効するまでは「戦争状態」であつたとする。ところが、日本国憲法と称する占領憲法第九条第二項後段では、「国の交戦権は、これを認めない。」とあるので、占領憲法では講和条約の締結権限はない。


交戦権がないから講和条約の締結権がないんだそうな。


蓋し、交戦権とは、戦争を始め(宣戦権)、戦闘を遂行又は停止し(統帥権)、戦争を終結して講和を締結すること(講和権)に至るまでの一連の行為に他ならないからである。


交戦権とは、戦争を始め、遂行し、止めて講和を締結する権利なんだそうだ。ちなみに交戦権の定義は現在定まっていない。定まってないから南出氏は理論的に導き出して、そういうことになると言ってる。その理論は、戦争を始めなければ終わらせることも出来ないというもの。
これだけ聞けばそうかもと思いもするのだろうけど、では戦争中に交戦権を放棄したらどうなるのかを考えてみて欲しい。停戦しての講和条約が締結出来なくなって戦い続けるなんてことになるか? 交戦権放棄した状態で戦い続けるという馬鹿馬鹿しいことになるのか? 交戦権放棄したなら戦うのを止めるのが普通の考え方ではないか? 新たに始めた戦争を止めることは、戦争そのものを始められないから出来ないだろう。けど、放棄した時点で行ってる戦争なら止められる。交戦権放棄したってその時点で行ってる戦争は止められる。交戦権放棄したから講和条約の締結権限もないとはならない。交戦権を認めないとしたから講和条約の締結権限もないなんて大間違い。


また、占領憲法では、戦争を放棄し交戦権が認められてゐないので、その施行時に戦争状態であつたことは、占領憲法の致命的な矛盾であり、その施行当初から憲法としての実効性がなかつたことになる。

戦争中だって交戦権放棄出来ます。「もう戦いません」と言えます。でもって戦いを止めりゃいいんです。実効性あるしどこにも矛盾などありません。


つまり、大東亜戦争を宣戦して戦闘を遂行し、ポツダム宣言を受諾し降伏文書に調印して停戦し、その結果独立が奪はれて軍事占領に置かれ、その後に講和条約を締結して戦争状態を消滅させ独立を回復するまでの一連の行為は、帝國憲法の宣戦大権(第十三条)、統帥大権(第十一条)、講和大権(第十三条)を根拠とするものであつて、講和条約締結時においても、帝国憲法には憲法としての実効性があつた。


占領憲法(現憲法)では講和条約締結出来ないから帝国憲法を根拠とするものだと言ってるわけだけど、現憲法でも講和条約締結出来るのだからこれは間違い。帝国憲法憲法としての実効性があったということにならない。帝國憲法を根拠とするものにもならない。


そして、独立を喪失した軍事占領下で占領憲法が帝國憲法の改正として成立したとしても、それは、憲法改正が禁止される摂政設置時といふ国家の通常予測される変局時以上の異常なる変局時である軍事占領下の非独立時に憲法改正はできないのは当然であるから(第七十五条)、占領憲法憲法としては無効である。


これに異議はまったくない。違法行為による産物であり法的に無効。まったくもってその通り。異議全然無い。ここで全面的に無効だっていうなら私だって噛み付かないものを、新無効論ではこの無効なものを有効性あるものにしてしまうのだから堪らない。法的に無効ではあるが現状考えて止むを得ずというならまだしも法的に有効なものにしようというのだから堪らない。


次が大問題
占領憲法は、講和条約に至る一連の講和の条件として履行された結果であつて、帝國憲法第七十六条第一項により、帝國憲法の根本規範に抵触しない限度において、ポツダム宣言受諾から講和条約に至るまでの一連の講和条約群の範囲内でしか効力を有しない。


占領憲法(現憲法)は、講和条約に至る一連の講和の条件として履行された結果であつて、」
本当にそうか? 現在の憲法は講和の条件なのか?
そんな条件が出されたという事実がどこにある?
「講和の条件として履行」も問題。そうであれば日本自らが現憲法憲法として制定したということになる。
こうなるともう押し付けられたなんて言えない。ハーグ陸戦条約に違反というのも難しくなる。憲法を制定したのは占領軍でなく日本自身ということになるのだから。


国際法上、軍事占領下の非独立国であつても例外的に独立を回復するための講和条約を締結できるが、一般の条約は締結できない。もし、この唯一の例外を認めないと、講和条約は無効(又は不成立)となり、我が国は未だに独立してゐないことになる。


軍事占領下でも非独立国でも講和条約は締結出来るって話。別に異議ないし、さして重要でもない。南出氏は以下の理論展開に持っていく為の論拠として重要と考えてるのだろうけど、、、


一般には、非独立国は国家とは言へず、講和条約以外の一般条約を締結できる当事国能力がなく、条約を締結しうる主体とはなりえないのである。従つて、講和条約の締結権を、独立国であることを前提とする占領憲法第七十三条第三号に求めることはできない。


講和条約以外の一般条約を締結できる当事国能力がなく」って一般条約でなく講和条約の話だろ
 「条約を締結しうる主体とはなりえないのである。」って、講和条約なら主体になれるじゃん。最前そう言ったばっかじゃん。
 「独立国であることを前提とする占領憲法・・・」って、大日本帝国憲法は独立国であることが前提じゃないんかい!
 アホ過ぎる。あまりにアホ過ぎて記者の聞き間違いではないかという気すらする。まあいいけど。


それゆゑ、我が国は、帝國憲法下で独立し、帝國憲法が最高規範たる憲法として今もなほ現存し、その下位法令として占領憲法といふ講和条約の性質を持つ法令が存在するに過ぎないことが国法学的に証明されてゐることになる。


ちっとも証明されてない。
それより問題は「に過ぎない」といってあっさりと書かれてる「占領憲法といふ講和条約の性質を持つ法令が存在する」の部分。


講和条約は双方の合意の上で結ばれる。
合意の上で締結した講和条約は守らなければならない。
講和条約の内容は、それぞれが自分側の分担分を自らが実行する。
締結相手との約束として自らが実行する。
そして、条約は、締結相手との約束を反故にする破棄か、それを上書きする新たな条約の締結をしない限り永遠の効力を持つ。
であればその性質を持つ占領憲法(現憲法)は、日本が納得づくで自らの手で制定したもので、他国との約束として守らなければならないものとなり、他国と無関係に変えることが出来ないものになる。
いいのか、これで? これの一体どこが無効論なんだ?


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無効論はこの講和条約としたもの(元現憲法)を破棄して本当の意味での無効にするんだそうな。
講和条約にした上でだからこの破棄は講和条約の破棄
これを条約締結相手国に通告するんだそうな。
通告された側はあっさりそれを認めてくれるんだそうな、講和条約の破棄を。。。 
なんたるノー天気。


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