国境警備隊への施設襲撃は支持する

バス爆破は支持しない。しかし国境警備隊への施設襲撃は支持する。
侵略者であり弾圧を行ってる者、その手足となって弾圧を実行している者への攻撃は積極的にすべきものと私は考える。よって国境警備隊の施設襲撃は積極的に支持する。責められるべきは弾圧者である中共でありその手足として動いてる国境警備隊であり警官。


もし国境警備隊を狙っての攻撃で運悪く一般人を巻き込んでしまったなら。
私はこれは容認する。極力一般人の犠牲を避けようと配慮した上でなら止むを得ないと考え容認する。一般人の犠牲は国境警備隊の責任と認識する。盾にした国境警備隊が悪いと考える。


もし国境警備隊が一般人を盾に攻撃を防ごうとしたら。
この場合は盾にされた一般人の犠牲を厭わず攻撃することを容認する。一般人の犠牲は国境警備隊の責任と認識する。盾にした国境警備隊が悪いと考える。



しかし無差別テロは如何なる理由があろうと支持しない。弾圧されてるからと言って無差別テロを許す気はない。よってバス爆破は支持しない。




判断基準は誰を狙ったか。的を敵のみに絞り込んだかどうか。
法律がどうであろうと私はこのように判断する。
チベットにしろウイグル自治区にしろ警察はまったく助けにならない。警察がまったく助けにならないところで自ら武器を持って戦うのは悪い事ではない。悪かろうと何だろうとそうしなければ身を守れない。


日本だって警察が助けとならないとなると自らの力で戦うしかなくなる。その時は自ら武器を取って戦わなければならない。悪かろうと何だろうとそうしなければ身を守れない。遠からず日本もそうなるかもしれない。
そうなったとしても私の判断基準は変わらない。誰を狙ったか。的を敵のみに絞り込んだかどうか。私はこれで善悪を判断する。正しく敵のみに的を絞ることを求める。



最近政治による状況悪化の阻止より状況悪化の中で戦う覚悟と戦い方を説いた方が良いような気がしてきた。福田政権が続き、次が民主党政権となるとどこまで治安が悪化するかわからん。日本人が一方的な犠牲者にならない為には戦う気概を持つことがすごく大事になる気がする。


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