田母神氏が解任を素直に受け入れる訳

●内に秘めた思いがあり、それを隠して策略をもってことを成そうという時に、その思いを隠さず堂々公言されると非常に困る。間違ったことを言ってるのではないが、間違ってないからこそ、不適切。策略上、不適切。不適切だから外すということになる。
外す理由は「不適切だから」。本当の理由は策略に沿った言動をしないから。でもそうは言えない。策略があることが明らかになってしまう。だから理由としては「不適切だから」。これだけで押し通すしかない。「不適切だから解任」「その地位にある者として不適切な発言だから解任」。


●正面突破を避けて外堀を埋めてる最中に正面突破しようとされては困る。今は外堀を埋めてる最中なのだから正面突破は不適切。「不適切だから解任」。


●責任者に、自分の推し進めたいプランがある。そのプラン実行の妨げとなる発言をする者が部下にいる。プラン実行に不適切だから解任。別に悪い事をしたわけでもなく、能力的な不足があるわけでもなく、その特定のプランに向かず、「不適切だから解任」。


これらは正当な解任。責任者が解任したからといって責任者以外の者がとやかく言えるものではない。周りがどう思おうが、解任される者が納得しようとしまいと、正当である。但し正当なのは解任のみ。悪い事をしたかのように扱って処罰するというのは正当ではない。悪い事をしてるわけでなく、責任者の描くプランの実行に適任ではなかったというだけなのだから。

麻生総理はこの線でのみコメントを出してる。そして田母神氏も、その理解で解任を受け入れてる。このような解任であればこれは正当なものである。責任者の思う「不適切」は解任の立派な理由である。解任は責任者の一存で決めていい。


が、浜田防衛相や野党のやってること(やろうと)はこれとは違う。浜田防衛相や野党がしようとしてるのは処罰。解任も処罰としてのもの。これは上記の解任とは全然違う。懲罰を考えてるということは、悪い事をしたから解任だということ。解任された者が行った事が悪い事なのであれば、処罰と解任は正当。処罰される側が悪い。しかし悪い事でないなら処罰も解任も不当。処罰しようとする側が悪い。




通常の解任は、その仕事(職業という意味でなく特定のプロジェクト)に適任でないから。悪い事をしたわけではなく、適性がなかったというだけのこと。解任された者も解任した責任者も悪くない。


処罰としての解任は、適性云々ではなく、悪い事をしたということ。悪い事なのであれば、処罰される側が悪い。悪い事でないなら、処罰しようとする側が悪い。必ずどちらかが悪い。


このように、単なる解任と処罰を伴う解任は全然別物なのだということを理解しておいて欲しい。これを混同して解任を不当といってしまうと、適任でない者の解任が出来なくなり、適任でない者に仕事を任せ続けなければならなくなる。別に悪い事をやったわけでなくとも、適任でないなら解任はされなくてはならない。適任でないと責任者が判断したというただそれだけの理由で解任出来るようにしておかねばならない。そうでないと仕事に支障をきたす。


田母神氏はこれを理解してる。だから解任には一言も異議を唱えてない。不適切だというただそれだけの理由での解任を素直に受け入れている。悪いことをしたとまったく思っていない田母神氏が、自分のやったことは悪いことではないと、一歩も引かず主張してる田母神氏が、解任に関しては素直に受け入れてるのはこういうこと。 





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