「基本を押さえて」に込めた思い

間違いと判定する目安


世の中、政治的な問題に関しては多様な理論が並存してる。互いに相反する理論が同時に存在してる。相反するのだから、どちらもが正しいわけがない。どちらかは必ず間違ってる。もしかしたら両方共が間違ってる。それでもどちらにも、こちらの理論こそが正しいのだと言い張る高名著名な学者が大量にいたりする。そんな学者達が、素人には理解出来ないレベルで議論を戦わせている。数十年に渡って意見を戦わせるも、決着はつかない。相変わらず、双方それぞれを支持する高名著名な学者が大量にいる。このような問題は、普通に考えれば素人にはどちらが正しいか間違いかなんて皆目わからないはず。でも現実には素人が、相当な、ものによっては絶対的な自信を持って「おかしい」「間違ってる」と断言したりしてる。


さて、なぜ理論を理解してないのにそんな判定が出来るのか?
それも、絶対的な自信を持って判定出来るのか?
一体何をもとに間違いだと言い切ってるのか?


答えは、素人でもわかる基本的なところでの間違いの有無。
1+1が、ちゃんと2になっているかどうか。


難解な数式があったとして、
難解な為に全体はとても理解出来ない。
それでも部分的には理解出来るところもある。
その理解出来る部分で、なんと1+1が3になってる。
これは明らかに間違い。
こんな間違いを内包してる数式が正しいわけがない。
よって、
精々1+1が3ではないことがわかる程度の者であれば、
この数式が間違いだと、絶対的な自信を持って判定出来る。


どんな著名な学者が、これは正しいんだと言い張ろうとも、
難解な理屈捏ね繰り回そうとも、
1+1が3になってるままなら正しいわけがない。
間違ったものとして、絶対的な自信を持って切り捨てることが出来る。




これが私の正誤判定の基本的考え方。
“私の”と、一応はしたけど、たぶん皆このやり方をしてると思う。
ただし、皆が皆1+1=2を基本だと思っていない。
1+1=1だと思い込んでいたり、
1+1=3だと思い込んでいたり。


1+1=1だと思い込んでる人は、本当は正しい1+1=2を、1+1=1でない故に間違いだと判定し、間違ったものとして、絶対的な自信を持って切り捨てる。正しいものを間違ったものとして切り捨てるのだから、正しい答えには永遠に辿り着かない。結果、永遠に間違い続ける。



人は、基本的なことというのは、当り前だと思ってるから改めて考えない。改めて考えない故に、何時までも間違ったまま。そしてそれを正誤判定に使い続ける。私はこの基本的なことというのを皆に改めて考えてもらいたい。ここに目を向けさせないとメディアリテラシーの改善はないと思う。


私の「基本を押さえて」というのは、正誤判定の基準を正して欲しいという願いなのです。



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