認めてはいけない傲慢な要求

ある人のコメントの一文。


>自分のことをどうでもいいと思っている人たちに、それでも理解してくれと望むのは傲慢です。


他者をどうでもいいと思うことこそが傲慢です。
他者が何を言ってこようと無視するというのも傲慢です。


聞きたくないことは言うなと求めるのは傲慢です。
非難するななんて言うのは、とてつもなく傲慢なことです。


上記は、俺に好き勝手やらせろというのと一緒です。
他の人がどう思おうと知ったことではないというのと一緒です。


似たようなセリフとして、他にもこんなのがあります。
「気に入らないなら見るな」
「何の権利があって・・・」
「あなたに非難される筋合いはない」だとか、
果ては、
「誰に向かってものを言ってるんだ!」とか。



他の人が非難してくるのは、それが他の人にとって迷惑な行為だからです。迷惑だと感じる行為だからです。だからわざわざ言ってくるのです。そのまま続けられたら困るから言ってるのです。それを自分にとってはどうでもいいことだから聞かないと跳ねつけたり、非難するなと逆に文句いうなんて、とんでもなく傲慢なことです。お前は何様やねん!てなもんです。


「うるせーよ!」
「関係ないだろ!」
「黙れよ」
「聞きたかねーよ」
「お前のいうことなんか聞かねーよ」
「放っとけよ」
「俺は俺のやりたいようにやる。人がどう言おうと知ったこっちゃない。」


身勝手で我侭なガキのセリフ。自分への非難を封じようとするメンタリティーはこれと同じです。非難は誰が誰に対してやってもいいものです。非難するのに権利など要りません。自分への非難を封じるようなことをしてもいけません。


これを封じてはいけないというのが言論の自由です。封じ込んでしまいたくなる聞きたくない自分への非難を、封じ込んではいけないというのが言論の自由です。非難するななんてことは、ついつい言いたくなるでしょうが、言ってはいけないことです。「非難するな」は、認めてはいけない要求です。これらの身勝手な言い分に怯んで、黙ってはいけません。非難を控えてはいけません。相手が嫌がろうと気にせず非難しましょう。

ただし、おかしな非難してると、自分の方が変に思われますからね。本当に非難すす必要があるのかどうか良く考えて。


人気blogランキングランキングバナー



前半の例は、つい最近ある方に言われました。あまりにもモロで、密かに笑ってしまいましたw