枠と型、自由度

枠のタイプの決まりの基本的な考え方は、多様性を認め個々人の自由裁量を許した上で、「さすがにここまで許すことは出来ない」というものだけを禁じようというものです。


型のタイプの決まりの基本的な考え方は、上の立場の者から下の立場の者への指示と同じものです。ある目的があって、その目的を達成するにはどうすればいいかを上の立場の者が考えて、下の者に「こうしなさい」と指示を出す時に使うのが型のタイプの決まりです。


こうして分けて書くと簡単ですが、実際には両方の要素を持ってたりしますので、こんなに簡単には分けられません。簡単に分けられないことも含めて、国と地方自治体の決まりを型と枠で書いてみます。

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個々人の自由を尊重しようとする民主主義国家は、まず枠のタイプの決まりで大枠を作ります。「皆さん自由にやって下さい。ただし、この一線を超えては駄目ですよ。」という感じです。


その大枠の中で、行政府・地方自治体・各省庁等々がそれぞれの役目に応じたやり方をそれぞれが決めて、配下の者に決まりの形で指示を出します。「こうして下さい。」と、行うことを具体的に定めた指示を出します。この時に定められるのが、型のタイプの決まりです。


大枠の中には複数の選択肢があります。そのどれを選ぶかはそれぞれに任されています。ですので、○○県ではこのやり方、□□県ではこのやり方、というようにそれぞれで違うということになったりもします。大枠の中に入っていれば○○県のやり方でも□□県のやり方でも構いません。それぞれの選択で各県の特色が出せます。ただ、○○県の中で□□県のやり方をされては困ります。一つの集団は一つのやり方で統一しておかないと上手くいきません。集団全体のやり方を統一する為に、指示の意味を持つ型のタイプの決まりを定めます。


この県の定めた型のタイプの決まり、ただ一つのやり方しか許さない程に限定的なものの場合もありますが、多少の幅がある場合もあります。国の定めた大枠程の幅はなくとも、多少の幅はあったりします。「こうして下さい」ではなく、「この方向でやって下さい」という感じでしょうか。多少の幅があれば、県の下位組織である市町村は、その幅の中で選択します。「その方向の中の、このやり方をウチはしよう」というように。そして、▲▲市はこのやり方、◆◆市はこのやり方となります。そのやり方を、それぞれの市民に指示します。型のタイプの決まりを定めて。


市の定めた型のタイプの決まりに幅があれば、市民はその幅の中で選択して、自分がどうするかを決めます。許される幅が広いと、市民個々の選択の幅は広がり、その分自由な選択が出来るようになります。許される幅が狭いと、その分自由な選択が出来なくなります。幅が全くなく、一つのやり方しか許さない決まりであれば、市民個々に自由はありません。市の定めたやり方を嫌でもやらねばなりません。


県の定めた型のタイプの決まりが、幅が全くなく一つのやり方しか許さないものであれば、市町村に選択肢はありません。嫌でも県の定めた一つのやり方をしなければなりません。当然その下の市町村民も、その県の定めたやり方をしなければなりません。県の上、国の定めた決まりが型のタイプの決まりで、その決まりが幅が全くなく一つのやり方しか許さないものであれば、全ての都道府県がそのやり方をしなければならず、全ての都道府県民、つまり全国民が国の定めた一つのやり方をしなくてはなりません。それ以外の選択肢は無く、自由はありません。ということになります。


型のタイプの決まりは、枠のタイプの決まりの内の、許容範囲の狭いもの。
枠のタイプの決まりは、型のタイプの決まりの内の、許容範囲の広いもの。


最初に書いたように分けて書くと、両者は全く別物のように見えますが、極端な話、許容範囲が違うだけのものです。その許容範囲の違いで大きな違いが出てくるのですが、キッチリカッチリ分けられるものではないので、両者を見分けるのはなかなか難儀なのかもしれません。今回の話、解り難いと思いますが、これで混乱しないくらいに枠と型それぞれのイメージを掴んで欲しいなと思います。



まだまだ枠と型を理解してもらう為だけの話です。私の意見はまだ書いてません。私の書きたい意見は多分数行で終わるツイッター程度の文になると思うのですが、それを理解してもらうには、この枠と型を理解しておいてもらう必要があると思うのです。その数行の為にダラダラ書いてます。