お金の循環

企業が利益を出す限り、お金は下から上に流れる。
給与や支払いで下にも流すけど、下への流れが上回れば、
それは赤字。そうならないよう企業は下から上へを多くする。
なので、お金は下から上に流れる。
民間でのお金の流れは、お金は下から上に。

こればかりだと、下はやせ細り、上は肥え太る。
下のお金は無くなっていき、生活がままならなくなる。
上は吸い上げるお金がなくなって、新たな利益を得られなくなる。
お金の流れがなくなって、この社会は終わってしまう。

そうならないようにするには、上から下への流れを作らなければならない。

上から取って、下に流す

これをやらねばならない。
下から取ったら意味がない。
上と下の両方から取っても意味がない。
取るのは上から。
お金が滞留してる上から。
社会を終わらせない為に、存続させる為に、やらなければならないのが、これ。

当然ながら、利益追求が存在意義の民間企業がやるわけがない。
これをやるのは国。利益ではなく社会の存続を存在意義とする国。

国は、社会を存続し続けさせる為に、「上から取って、下に流す」を行わねばならない。
これをしないと、お金の流れが止まって社会が終わってしまう。

が、、、 やってないよね。だから、お金の循環が止まり掛けてる。
社会も止まり掛けてる。今の社会がね。

居座りは暴力

居座るという行為。
非常に迷惑ですね。

何故迷惑なのでしょう?
自分達の行動が制限されるからです。

元々そこに居た人は、その場所から排除され、
そこに居ることが出来なくなります。
そこを使っていた人は、そこが使えなくなります。
居座るという行為は、他の者を物理的に排除する力です。
物理的に排除する力、つまり物理的な攻撃です。


この居座るという攻撃に対して、どんな対抗手段があるか?

まず穏便なところから、、、話をして出て行ってもらう。
これで出ていくならそもそも居座りではないでしょう。

次、何かをあげて出て行ってくれるようお願いする。
これがダメな理由、説明しなくともわかりますよね。
明け渡して自分側が退散するという対処もありますが、
これは何も出来ないといだけで対処ではありませんので除外して、、、

対処と言える対処法は一つ。力づくで叩き出す。これしかありません。


今の日本では、座り込み等の居座るという行為が、実力行使と認識されていません。
認識されていないので、実力行使による排除がやりすぎと言われてしまいます。
その為、唯一の対処法である「力づくで叩き出す。」が非常に難しくなっており、
多くの場合、対処が出来なくなっています。

非常に迷惑な居座るという行為に対処出来るようにする為に、
私たちは居座るという行為に対する認識を改めねばなりません。
居座りは実力行使なのだと。


居座るという行為は明確に実力行使です。
その度合いによっては暴力と言ってもいいものです。

相手が居座るという実力行使に出るなら、
力づくで叩き出すという実力行使で対抗するしかありません。
これは防衛の為の実力行使です。
許されるべき実力行使であり、禁じてはいけない実力行使です。
むしろ、やらなくてはならない実力行使です。
これを可能にする為に、居座りは実力行使なのだと認識を改めましょう。


居座りの最たるものは侵略です。憲法9条のある日本相手なら
武力行使せず、ただ入り込んで居座るだけで侵略が出来ます。

日本侵略するのに武力行使なんて一切いらないんですよ。今のままだと。


居座りを実力行使と捉え、これに実力行使込みで対応出来なければ、

武力行使無しの侵略に対処出来ません。

居座りは、実力行使で対抗しなければならない暴力です。
居座りという行為を軽く考えていてはいけません。

企業と国の違い

皆さんは、企業と国の違いを考えたことがありますか?


企業の、人に対する考え方は、使える人を使える間だけ使う。
使える人を連れてきて、使える間、使い、使えなくなったら放り出す。
裏返して言うと、使えない人は相手にしない。
使えなくなった人も、相手にしない。これが企業です。

対して、国の、人に対する考え方は、自国民限定ではあるけれど、
使える使えない関係なく、ゆりかごから墓場までです。
妊娠出産から死ぬまで面倒をみなければなりません。
企業のように放り出すことなど許されません。これが国です。

上記の使えない人とは、俗にいう仕事の出来ない人だけの話ではありません。
未熟な未成年。衰えた高齢者。病人。障害者。こういった人達も含んでいます。
満足のいくものかどうかはともかく、国は面倒見ますよね。見ようとしますよね。
企業は、この人達の面倒を、みません。

これが国と企業の違いです。
企業人は、使えない人は相手しません。その人達をどうするかなんて考えもしません。
出てくるのは、勉強張ったり職業訓練したりして、使える人材にしようという程度。

企業人が言うことなんて、こんなんばっか。

如何に使えない人のことを考えていないかが良くわかります。

 

国家運営において一番大変なのが、使えない人をどう面倒をみるかです。
企業人にこの視点は全くありません。まるで考えてません。
こんな人達の国への提言なんて、見落としだらけ穴だらけ。

まったく聞く価値ありません。
企業の動向考える際の参考にするのはいいけど、国家運営に関わらせるとか、

主導的地位に就けて国政を左右させるなんてことは絶対にしてはいけません。
大失敗すること間違いなしです。


まあ、、、もう既に沢山の大失敗をしてしまってるのですが。

言うまでもなくその代表格が竹中平蔵ですね。

 

企業と国にはこんな違いがあります。
気付けばまったく違うことがわかるはず。
考えることも、大事なことも、企業と国ではまったく違うのです。
利害も一致してません。企業の考えで国を運営するのは大間違いです。

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上記の「使えない人」という表現は、企業視点での表現です。
「使えない人」という括りに入れられてしまう人の中にも、
使い方次第で社会の役に立てられる人は沢山います。

営利を追求する企業が、利益を出す上での効率考えたときに

使わないと判断した人というだけです。

 

十分使えます。国としては、どうせ面倒見なきゃならないのですから

使わないともったいない。役に立てる方法なんていくらでもあります。

企業視点でなく、魏に視点で考えればいくらでも。

立場が弱いと消費税を徴税出来ない

消費税の問題は理屈通りの徴税が出来ないこと。

立場の弱い業者が顧客から徴税出来ないこと。


徴税には、嫌がる相手からでも取り上げられる強い力が必要。
立場の弱い業者にその力はない。徴税出来ない。
でも胴元の税務署は、徴税分を差し出せと迫ってくる。国家的な強権で。
立場の弱い業者は止む無く自分で肩代わりして払う。

 

こんな構造になっているから、消費者が払うという仕組みになっているはずなのに、
事業者が負担するんだって話になる。飲食店等の零細企業が潰れるなんて話になる。

大企業はその力でしっかり徴税出来る、というか、前段階の消費税負担をその分値引きさせて踏み倒せる。損がないどころか下請けの負担分を自分のものに出来る。
踏み倒された下請け企業は、自分で肩代わりして本来負担する以上の負担をしなければならなくなる。

輸出の還付金で大企業が潤うってのもこれ。値引き強要等で実質的に負担してないのに還付で金が入る。その金は、弱小零細企業が徴税出来なくて、止む無く自分で肩代わりしたお金。ということになる。


全ては、徴税には強い力が必要という一点を見逃してるから。
それ無視して皆に一律に徴税しろというのが消費税の間違い。
弱い立場の者に徴税は出来ない。

ただ居座るだけってのも攻撃、実力行使

外から入り込んで居座る。非常に迷惑。
何故か。同じ場所に同時に存在出来ないので、
そこから自分が排除されるから。

相手の居座るという行為で自分が排除される。これが攻撃でなくて何なのか?
このいすわるという攻撃に対して、どんな対抗手段があるか?
まずはじめ、話をして出て行ってもらう。これで出ていくならそもそも居座りではない。
話をしたくらいでは出ていかない。
では何かあげて出て行ってくれるようお願いする。。。
これがダメな理由説明する必要ある? これ、ゆすりたかりで奪われるだけ奪われます。
立ち退きもしないでしょう。ではどうするか? どうすれば排除出来るか。

力づくで叩き出す。これしかない。

相手が居座るという実力行使に出るなら、力づくで叩き出すという実力行使で対抗するしかない。
これは防衛の為の実力行使。許されるべき実力行使。禁じてはいけない実力行使。

 

これは対移民に関連する話。憲法9条に関連する話。

一国民の戦うべき相手

今の日本の政治状況において、一国民(民間人)が政治的に敵対すべきは誰だろうと考えてみた。

敵対すべきは・・・自分と対立する考えの国民ではないかと。

対立する考えの国民は、この政治家を潰そうとする。
デマ・誹謗中傷、何でもありで潰そうとしてくる。
これを放っておくと、政治に詳しくない国民を誘導して、望ましい政治家の力を削いでしまう。
政治家が力を削がれると、官僚と戦えなくなる。抵抗する官僚を抑え込んで政策を通すことが出来なくなる。
だから、一国民が敵対すべきは対立する考えの国民。

行うのは対立する国民との戦い。
目指すのは自陣営側の増強と、政治に詳しくない国民からの賛同。
そして、対立する考えの国民を政治に詳しくない国民から切り離し、弱体化させること。

さあ戦おう。
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私が一番問題だと思っているのは官僚です。
ですが、一国民は官僚とは戦えません。
官僚に対しては、国民の攻撃の手はまったく届きません。攻撃する方法が皆無です。
官僚に対抗する唯一の手段は、官僚と戦う政治家を支援して勝ってもらうこと。
もちろん支援する政治家は自分の求める政策を行おうとする望ましい政治家です。

現在の日本の実質的権力者は官僚

訴える相手は官僚。矛先を向けるべき相手は官僚。
日本において実権を持っているのは官僚。
立法も運用も実質官僚が決めている。政権(国会議員:閣僚)ではなく。

民主主義国家の政権(国会議員:閣僚)は、一般人側から官僚に干渉する手段。
一般人の声に耳を貸さない官僚に、一般人側からの声を聞かせる手段。
官僚への干渉力の源が責任者という立場(建前)。

この立場があるので、官僚に指示命令が出来る。
とはいえ所詮建前なので、聞き入れるかどうかは官僚次第。
嫌だと思えば従わない。あーだこーだいって抵抗する。
何なら政権(国会議員:閣僚)を潰そうとするし、実際潰しもする。
そして官僚がこの国の実験を握っている。それが今。


官僚が政権(国会議員:閣僚)を潰す方法は複数あるが、その一つが官僚の失敗(悪事や失政)の責任を、
責任者(建前)である政権(国会議員:閣僚)に取らせて辞任させること。国会議員(閣僚)はつぶれるけど、
その陰で官僚は平然と生き残り、何ら変わらないまま同じ失敗(悪事や失政)を続ける。
その結果が今。

 

「官僚の失敗を政権(国会議員:閣僚)の責任にして、責任者に責任を取らせる形で政権を潰す」
官僚の常套手段。これに民衆が加担してしまってる。
この為に、潰されたくない政権(国会議員:閣僚)が官僚の手先になってしまう。

皆さんの政権(国会議員:閣僚)への怒り。良く考えて欲しい。
それ本当に悪いのは政権(国会議員:閣僚)か?
消費税含む税制決めてるの官僚ではないか?
社会保険の保険料もそう。国会議員(閣僚)が制度設計してると思うか?
一々計算式や金額決めてると思うか?

責任者(建前)としての承認印は押してるだろうけど、全てを理解してると思うか?
担当した閣僚に自由な選択肢があると思うか?

国会議員(閣僚)は基本民間人。官僚上りの例外もいるけど、基本的には民間人。
専門の官僚に対抗出来る程詳しいわけがない。下手したらすぐ潰されるし、承認するしかない。


では国会議員の存在意義は? 何故そんなのが責任者?
民主主義政治における本来の政権(国会議員:閣僚)の役割は、失敗(悪事や失政も)した官僚に修正を迫ること。
結果を見て、悪ければ変えさせる。辞めさせて、別の官僚に入れ替える。
それが出来るように、官僚の上に責任者として国会議員(閣僚)を置いている。
良いか悪いかの判断基準は官僚ではなく国会議員(閣僚)が決める。この意味でも国会議員(閣僚)が官僚の上に立つ。
こうでなければ国会議員を選挙で選ぶ意味がない。


改めて問う。その閣僚本当に悪いのか。本当にその人が決めているのか?
官僚の失敗(悪事や失政)で国会議員(閣僚)に責任を取らせてはならない。官僚の思う壺。