リバタリアンは保守じゃない

これは柳生さんへの私信。


ほしゅ 1 【保守】
(名) スル (1)古くからの習慣・制度・考え方などを尊重し、急激な改革に反対すること。 ⇔ 革新 (2)...


ほしゅ-しゅぎ 3 【保守主義
旧来の伝統・慣習・考え方などを尊重して、急激な改革を好まない主義。 ⇔ 進歩主義

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米国共和党
国保守党も
独:CDUも
小泉内閣
「小さな政府 自己責任」
と言っている。
これが”保守党の世界標準”ではないのかね?


違う。
そもそも保守は、その国の古くからの習慣・制度・考え方などを尊重するのであるから、国ごとに違う。他の国と同じなんて、もうそれだけで保守失格。


小泉は保守ではない。

小泉は伝統文化の破壊者であり、

保守の対極に位置する保守にとっての敵。


ランド女史「利己主義という気概」184p〜185pより
「住宅を得る権利と言うものも無い。”自由交換の権利”だけである。
農民の権利とか・・・そんなものはない。あるのは人間の権利だけだ」
・・・分かるかね?
成田の農民は農地の代替地を補償されているし・補償金も受け取れる。
リバタリアンはそれ以上は認めていない。


だから何だと? 何を保守するのかと聞いたのは、保守かどうかの話。自由交換の権利だとか人間の権利だとか、どうでもいい話。今の話に関係ない。でも一言だけは言っておく。自由交換の権利だとか人間の権利だとかは日本の伝統的な考え方ではない。


リバタリアンはそれ以上は認めていない。


リバタリアンは、日本の古くからの習慣・制度・考え方などを尊重するものではない。あなたがリバタリアンだというなら、あなたは保守ではない。


同じく ランド女史
利他主義者は
相手も自分と同じように奉仕することを求める。
つまり”奴隷となる”ことを求めてくるのである」
と言っている。
リバタリアンが利己主義を・まず第一に求めなければならない理由である。


もう一度繰り返す。リバタリアンは日本の保守ではない。ランド女史だって日本の保守ではない。ランド女史は日本人ではないし、日本の伝統文化の理解者でもない。ランド女史が書いてるのは日本の伝統・慣習・考え方とは違うもの。ランド女史を持ち出して語る柳生さんは日本の保守ではない。



利他主義者は
相手も自分と同じように奉仕することを求める。
つまり”奴隷となる”ことを求めてくるのである」
と言っている。


私がそうだ。

互いに譲り合う、互いに助け合う、互いに気遣う。
周りの人に迷惑掛けないよう、それぞれが自分を抑制する。
私はそういうことを求めてる。それが日本の良さだと思ってる。大事にしなければならない習慣であり考え方だと思ってる。私はこれを”奴隷となる”ことだなどと思わない。日本においてこの考え方は、ちっとも特別なことではなく極普通の考え方だと思ってる。柳生さんにはこれが奴隷となることを求めてるようにみえるのか?


口を酸っぱくして言おう!
リバタリアン
「自分の働き以上の報酬は求めない」
これが”気概ある利己主義”の誇りである!


リバタリアンは」と言ってる時点でもう日本の保守ではない。「自分の働き以上の報酬は求めない」は日本的な考え方を表す言葉ではない。


(武士は喰わねど高楊枝)


主君の為に死ぬことを厭わぬ武士は、利己主義の対極に位置する存在である。利己主義と並べて書くな。




柳生さんとこの最近のエントリー『ガラパゴス化する日本』を一行でまとめるとこうなる。
「既存の日本全部ダメ、全部一から作り直せ」
日本の良さを理解しないあなたは、日本の保守ではない。



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